徳川昭武公の人物像が!暮らしが!情熱が!生き生きと蘇る、齊藤名誉館長の解説が激アツだった件【松戸プレスツアー①】
11/11(水)で開催された「若き渋沢栄一がフランスに随行した、将軍徳川慶喜の弟・徳川昭武を知るプレスツアー」のレポート第一弾をお届けします。
アクセス 戸定邸
第一部の舞台は戸定邸。
富士の景観が!富士山が!!
受付を済ませて、開会の挨拶が始まるまで戸定邸内で待機。ブラブラと建物内を見学。
この戸定邸、関東の富士見百景として選定されているんですが、じ、実は、、、、
なんと現在、葛飾区の金町駅前のタワーマンション建設によって、昭武公がそこから望んでいたであろうベストポジションから完全に富士山が隠れてしまっているという状況なのです。
これ、これが富士山を遮っているタワマンですww
別に金町のタワマンに罪はないですが、それでもこの戸定邸からこの状況を見てしまうと、なんとも悲しい思いになってしまいます。
齊藤洋一名誉館長の解説が激アツ
時間になり開会の挨拶が始まり、徳川昭武公と戸定邸についての説明という事で、戸定歴史館名誉館長の齊藤洋一さんが登場。
徳川昭武公が生きた時代とは、江戸から明治へと移りゆく、まさに激動の時代。大政奉還、明治維新、歴史にそれほど詳しくない私でも、ロマンを感じる時代でもあるんですよね。
で、齊藤館長の解説がとにかく凄い。何も見ないで、スラスラスラスラ次から次へと、知識と情熱が溢れ出てくるのです。結果、のっけから当初のタイムスケジュールを大幅に超えて話し続けてしまう齊藤館長。
時間が押して、焦るスタッフ!でも止まらない館長!そして聞き入ってしまう参加者たちwww
得てして、こういうお話って長くなってくると退屈になってしまうものなんですが、正直私はもっとじっくり齊藤館長の話を聞いていたいと思ってしまうほど魅力的な講演でした。
ただ知識を披露しているのとは違うんですよね。歴史のロマンを伝えたいという情熱を強く感じました。
徳川昭武公の本物の陣羽織を肉眼で
その後は、昭武公の紙芝居の発表や昼食を経て、再び齊藤館長が登場!!ここでは戸定歴史館の展示物の解説をしていただきました。
目玉は、昭武公がパリ万博のための渡欧に際して着用した陣羽織!なんと「本物」をガラス越しではなく「肉眼」で、しかも触れてしまう(触ってはいけませんがww)距離で見させていただいたのです。
レプリカもあるそうなのですが、齊藤館長が本物から感じ取れるものを、肉眼で是非体感してほしいという思いで、展示していただきました。
激レア体験!!!
レプリカを作るにあたり、できるだけオリジナルに近づけようと再現を試みたそうですが、技術が途絶えてしまい、しかも現代の技術でも再現不可能とかで、完全に再現はできなかった部分があったそうです。
この背中の家紋も、どうやって布に張り付いているのかわからないのだそうですwwwなのでレプリカはやむを得ず3ヶ所縫ってあるとの事です。
生き生きと蘇る昭武公の人物像
続いて、戸定邸に戻って、昭武公がどんな思いでこの戸定邸を建てたのか、お屋敷の柱や壁、天井、そして庭園へのこだわりについて解説していただきました。
柱に使われている木のこだわりや、お風呂場の天井だけちょっぴり贅沢な造りにしてみたり、庭園に植えられた一本一本の木にも意味とこだわりがあったりするんです。
それまで歴史的価値のある建築物というレベルを超える事のなかった戸定邸が、館長の解説によって全然違うものに見えてきました。
同じ景色なのに、見えるものが違ってくるというか、何気なく視界に入っていたもの、一つ一つに意味がある事を理解する事で、徳川昭武公という人物像が、生き生きと感じられるようになってくるんですね。
嫌味のない、抑えめなんだけど上質でこだわりのお屋敷に庭園。
開会前にぶらりと見て回った戸定邸が、完全に別物になってしまいました。
昭武公は当時、どんな思いで、この庭園を眺めていたんだろう。
どんな思いで明治という新しい時代を見ていたんだろう。
そんな事をぼんやりと思いながら、改めて歴史的な建造物が現在もしっかりと残っている事の素晴らしさを噛み締めました。
来年の大河ドラマが楽しみになってくる、素晴らしいツアーでした。